昨日、今の神社に祀られているのは神様なんかじゃなくて霊なんですよという話を聞きました。個人的にはとても痛快でした。話の内容を掻い摘んでで説明しますと、太古の昔、人々は大自然を崇拝しました。それが本来の姿であったはず。しかし、いつの間にか立派な建物を建てて天皇や権力者といった人(今は亡き人の霊)を崇拝するようになった。これは当時の支配者による巧妙なマインドコントロールであって、支配者と支配される者との関係を体系付けしっかりと分離認識させる為のものであった。すなわち、信仰の対象がいつの間にか大自然から霊へとすりかえられてしまったのだと言うお話です。
こんなことを書きますと怒る人もるだろうけど、私はとっても正論だと考えます。浄化の第一人者のKさんの話をブログで何度か書きました。彼は自分の胸のアンテナを大きな風船のように広げることでその場所一帯の霊的なエネルギーをサーモグラフィーのように瞬時に全て把握できる能力ありました。
一緒に神社に行ったときに「あのなぁ。あの社に祀られてるんは神さんちゃうねん。霊やで。」と言っていたのを今も鮮明に思い出します。「ほれ見てみ。あのお堂もあかん。勘違いした霊に人々の祈りや思いのエネルギーが取り巻いて雪だるまみたいになってしもてるのや。」Kさんは時間があれば神社周りをしていたけど、私たちとは目的が異なり神社を浄化して回っていたのです。
金の座布団にふんぞり返って座ってる偉そうなおっさんが神様ではありません。「神とは宇宙全体とその中で展開される人智を超える壮大な仕組み全てのことであり、私たちはその神の体内で生かされて生きているのです。生かされて生きている私たちは言い換えると神の一部分なんですよ。」というのが昨日聞いたお話の結論でした。





