「私って一体何者なんだろう?その正体は何?」と自分を追及していくのは、玉ねぎの正体はなんだ?って剥がしていくのと同じだというお話を聞いたことがあります。玉ねぎを「今日こそはオマエの正体を暴いてやる〜。」とばかりに外側から順に剥がしていくとどんどん小さくなって最後は消え去ってしまう。何も無しのスッポンポンです。
鏡に映っている自分を見て「そうそう、コイツが私なんだ。」と思うのだけど、見えているのは私が宿っている肉体に過ぎない。これって、用の無くなった洋服のようにいずれは脱ぎ捨ててしまうんですよ。
すごく大切に思っている自分の髪の毛や爪だって、美容院でカットしてもらって床に落ちた髪の毛なんてもうゴミと一緒だと思えるし、その後どうなっても良い。もし、爪きりで切りった爪の破片や抜けた髪の毛がテーブルの上に落ちていたら「わぁ、汚い〜」なんて思ってしまう。あれほど自分の一部だと信じていたものが自分から切り離れた瞬間に、自分じゃなかったことに気付くんですね。
「じゃぁ、ホントの私って何なの?」って思うでしょ。これは言葉や文字では理解できません。体験するしかないのです。それと、そうした大切なことが何の苦労もせずに簡単にわかってしまってはつまらないのですよ。「百の理論より一つの体験、気脈塾〜!」なんてここでCMをしてこのお話しは終りです。





